=コメント@=
古谷圭一氏
「東京理科大学の現状と課題」について
林 光男
昨年の協議会テーマ 「文化とキリスト教」は、紀要を読みながら色々考えさせられ、残念にも出席できなかった春の会も含めて興味も尽きないものであった。今夏初日の青木先生の「ヘーゲルのキリスト論」の書評が丁度そのテーマの継続の役割をしてくれたようで、門外漢ながら「キリスト教信仰の根本的問題」を興味深く聞かせて頂いた。今協議会のテーマは、「学部教育の新たな展開」ということで、開会の自己紹介でも云ったように少々うんざり気味のテーマと感じたが、コメントの要請もあったし、やはりもう少し勉強しておけという「配慮」かと、出席することになったわけです。三人の先生達のご発題は、それぞれICU、理科大、東北大という典型的に日本の大学を代表する場における、きわめて現実的・実践的な内容であったが、それぞれの大学の発足以来の歴史と、日本の教育行政の展開を踏まえた発題であったことは印象的である。
本題に入ろう。私に課せられたことは、古谷圭一先生の「東京理科大学の現状と課題」についてのコメントをする事である。そもそも私の属する東海大学も歴史は半分であるが、似た傾向にあるのでは、という想定であると思う。東京理科大の建学の精神は「理学を以て (世界のための日本の)国連隆盛の基礎となす」とのことで、戦時下の発足時、東海大学も、「科学・技術立国」の基本思想があったであろう。戦後日本の経済成長と技術力の発展の中で、理工系ブーム等に乗って、「ものすごい発展」を遂げたことでも、共通している。違いは、理科大が、一貫して理科大であったのに対し、現在の東海大学は、誰がみてもれっきとした総合大学の形を持つに至ったということである。建学の精神は前総長の「汝の若き日々に云々」の四項に集約される。
要するにどんな人間を世に出そうとしているかということである。
古谷先生から、東海大学にキリスト教主義あるいは精神はあるかと聞かれたが、聖書を読んだことがあれば、精神の言葉は「コーヘレス」の一節のもじりであることは誰しも気づく。しかし大学創始にかかわった人にキリスト者が多く、前総長自身が内村の聖書講義に列席し、後に望星学塾を作り現在も活動しているとは云え、大学の中では全くセキユラーな立場での運営が為されているので、勝見先生発題のICU等とは対照をなすであろう。多くのマンモス化した私大が同質化していく中で、ICUが頑なに、キリスト教と少数精鋭主義を守っていることに、私としては敬意を表したい。
古谷先生の発題のメイン・テーマ「教育高度化委員会」の答申とそれに基づくカリキュラム改革、大学自己評価報告書について、詳細は紀要原稿で触れられると思うので、重複は避けたい。まさに「大綱化」以降のすさまじいばかりの改革ラッシュである。東海大学でもこの動きはきわめて迅速に進んでいることを、もう一度申し上げておく。
「理工系離れは一層すすむだろう」と、渡部先生の調査結果の中に在ったのですが、この事実は理系の中にも非常に多様化した学生が入学して来ていることに現れています。この対策をどうするのか。高邁な学問論や、教育論からすればきわめて低次元の議論を余儀なくされることになりますが、小・中・高校に於ける教育を一挙にどうこうできない以上大学が受け入れた学生を、あれこれしなければならないのは致し方のない事態で
あるわけです。学部教育の理念の問題に関係し、学部と大学院の目標設定の問題、学部専門教育の基礎(専門基礎)はどこまでのことを目指すべきであるのか、それに応じて対応は変わってきます。ともかく決定版はないまま、理科大同様東海大学も色々実施していることを報告しておきます。一言いえば、「基礎学力を十分身につけた実力ある学生の養成」は、個別専門領域の知識よりこの専門基礎と云われる領域の充実の方が学部教育に似合っているという考えが成立し、Liberal−ArtsあるいはGeneral−Educationを学部教育の根幹に据え、大学院の整備充実を図ることが急務であるという議論が成立すると思います。私は、この考えに近いのですが、実際上、これでまっすぐ走れるわけではありません。実際上は、大学の多様化は促進されるであろうが、渡部氏の指摘のように「新制大学発足時のように、既存のものを残した形式的」変革となる公算も大いに高いわけである。そういう意味では、「セメスター制導入」等も、戦後のアメリカの大学制度導入の完成のようにも見えますが、現実の帰国子女受け入れなどの現実的課題に押された動きで、そのメリットが生かされるためには大分時間が必要であると思われます。
大学の理念としての、教育と研究そして私は後に(一九七五頃)知ったのですが、社会への還元・奉仕という3つの理念に照らし、教育を論ずるならば大学における研究活動について触れない訳にゆきません。東京理科大が教員の研究に対し、予算等の配分などにおいて制度的に重視した方針で運営されていることを聞いて、さすがであると感心しました。私の会の席上のレジュメで大学の「不易なるもの」の一つはこの研究を通じての真理の探求の精神であります。
最後に、やはり理工系離れの意味について。自分自身に鑑みても口幅ったいことを学生に語ったりするのですが、明治以来百年余、「日本にはまだ文化の基底に達するほどには、自然科学は根付いていないのではないか」と、この会の「キリスト教と日本文化」等との問題に通ずる見方が去来する。大学を出た外で、「市民講座」のテーマに本格的な、たとえば量子力学や相対論や宇宙論や素粒子論や、その他先端的トピックスを数式も使ってやるような、たとえば都立大の「都民カレッジ」や大阪市立科学館の取り組みのような運動がもっと起きてもいいのではないかと思います。C・P・スノーは「二つの文化」で「科学革命を迎えるにふさわしい融通性」がイギリスにないことを嘆いたのであった。人文科学と自然科学という二分法によって、学問の分類ばかりか、人の類分けが常識的にいつの頃からか、日本ではまかり通っている。しかし多くの人が本心ではその溝を自ら埋めたいと切望しているのである。「自然の数学化」がフッサール等によってヨーロッパ文明の危機の元凶として云われます。彼は「生活世界」に立った字間のあり方を提唱した訳である。日本では危機の本質は経済発展の後に考えれば、余りに「融通無碍」な実利主義的学問観、科学・技術観であったが、今ようやくその限界が見え、「人間的」ということが大切だと改めて行政的レヴエルでも気付きつつあるようである。確かにそれは大学審議会の答申にもかなり目につくほど多用されています。しかしどのような人間を育てるために、どのように肉づけしていくか、そこに創意と知恵を要する本当に大変な課題があるわけである。
(東海大学 教授)
『大学キリスト者』紀要 No.18 1995年12月1日
